Contents
1.はじめに
2.マレーシアにおけるイスラームと国家
3.イスラームの制度化(1)行政
4.イスラームの制度化(2)教育
5.センポルナ郡におけるイスラームの正統性観
6.知的権威の移行:スルーからマレーへ
7.公的機関という権威
8.制度化とムスリム社会のダイナミズム
|
 |
6.知的権威の移行:スルーからマレーへ
サバ州がマレーシアの一州として独立した後、先に述べたようなイスラームの制度化が、センポルナ郡にも及ぶようになると、こうした状況に変化が生じた。まず教育の制度化が、人々の知的権威についての考え方を変化させた。
1960年代はじめに、地元有力者がセンポルナに最初のイスラーム学校を建てた。これは後にはMUISの管理下におかれる。このイスラーム学校の教員−ウスタズと呼ばれる−は、マレー半島出身のマレー人であった。かれらは半島でイスラームを体系的に学んでいた。そのため、かれらのイスラームに関する知識は、スルー出身のイスラーム知識人のそれよりも深く正統なものである、と地元のムスリムたちは考えた。こうしてマレー人ウスタズたちが、スルー出身のイスラーム知識人にかわり、あらたなイスラームの知的権威となったのである。
公的なイスラーム教育の普及は、イスラームを媒介する言語の正統性観にも変化を生じさせた。かつてはスルー諸島の有力民族であるタウスグ人の母語であり、この地域のリンガ・フランカであったタウスグ語が、イスラーム教育や金曜礼拝の際の説教(フトバ)において広く用いられていた。それがマレー語にとってかわられるようになった。公的なイスラーム学校の教育言語であり、そこで使用されるテクストの言語であるマレー語。それこそがイスラームを媒介するより適切な言語だと考えられるようになったのである。
現在の国立一般学校で使われている イスラーム教育の教科書(小学4年生用). アラビア文字によるマレー語表記、 ジャウィ文字で記されている
|