Contents
1.アイデンティティ
2.自己所有
3.違和感からの出発
4.おわりに
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1.アイデンティティ
アイデンティティという言葉に違和感をおぼえたことはないだろうか。
それは耳なれない言葉ではない。それどころか、これまでに何度も耳にしたことがあるし、自分でもつかったことがある。しかし、どこか腑に落ちないところがある、どこか自分の生活経験とずれるところがある。このような感慨をもったことはないだろうか。
どこの地域のどんな現象でもいい。自分が関心をもつ現象を研究しようとするとき、既存の学問とその成果を無視することはできない。われわれはそれらを大いに吸収すべきだ。しかし、それだけではないというのが私の考えである。既存の学問やそこでつかわれる基本的な語彙に対して感じる違和感に正面からむきあうことは、それらを吸収すること以上に大切なことだと考える。
アイデンティティという言葉は、世界の各地でおこっている民族紛争、宗教対立、先住民運動、各種の分離独立運動やナショナリズムといった現象との関連でつかわれ、こうした現象の核心にあるものとみなされてきた。
こうした語りはマスメディア、NGO、国際機関だけのものではない。研究者もおなじような語りを展開するのであり、たとえば、今日のインドネシアの地方社会でおこっている各種の紛争、対立、政治運動をアイデンティティと関連づけて理解しようとする。こうして、われわれはアイデンティティをめぐる言語ゲームにはいりこんでゆく。
このゲームはアイデンティティなるものの存在を前提とする。そのために、ゲームをつづけるかぎり、われわれがアイデンティティという言葉に感じた一抹の違和感はどこかにいってしまう。
しかし、われわれは「いちぬけた」といって、(短期間にせよ)ゲームからおりることができる。そして、アイデンティティのような基礎的な語彙に対して感じる違和感のみなもとをさぐることができる。こうした探求を少しばかりすすめてみることにしよう。
1)思索を誘発するフィールドワーク。
東インドネシア・フローレス島の南岸、乾季
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