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第1回(通算第26回)
「フィールド医学の提唱-老年医学研究を中心として-」
松林公蔵:東南アジア地域論講座

Contents

1.医学研究における生態学的視点

2.医学研究における細分化と統合

3.時間軸にそったフィールド医学(老化の時代的変遷)

4.垂直地理学的フィールド医学(高所医学

5.水平地理学的フィールド医学(地域研究としての医学)

医学研究における生態学的視点

 かつて、生物学は「死物」の研究でもあった。動物にせよ植物にせよ標本を採取して分類するとき、その生物はすでに生きてはいない。うす暗い研究室に整然と並べられた標本箱・・・。このような、古典的生物学にあきたりず、自然の中でのあるがままの生き物の世界を描きだそうと考えた一群の研究者たちによって、「生態学」という学問が創始されてゆくことになる。

 医学についても同様のことがいえる。かつて病気は、病院を訪れた患者さんを中心に、病院や研究室の中だけで考究されていた。しかし、病院を訪れる患者はあくまで仮の姿である。とくに、種々の慢性疾患をかかえた高齢者のほんとうの姿は、あくまで生活の場である地域にある。したがって、ありのままの高齢者の医学的問題をひろい上げようとするならば、医療スタッフのほうが地域にでていって、さまざまな自然環境、文化的背景のなかで暮らす、高齢者の姿をとらえなければならない。

 病院から地域にでてゆくフィールド医学の原点のひとつはこのような消息によっている。

 ネパール・ヒマラヤのナムチェバザール(標高4千メートル)は緑豊かな美しい高原であるのに対し、ヒマラヤ山脈をこえて北側のチベット高原にはいると同じ標高4千メートルでも、荒涼とした景観がひろがる。
 このように自然環境が異なる地域で各々生れ、成長し、老化してゆく過程は、おのずから異なるのではないか、フィールド医学はこういった素朴な動機から始まっている。