会場:京都大学 東南アジア研究センター
1 「ジャマーアテ・イスラーミーの活動状況―現地調査報告―」 小牧幸代(京都大学人文科学研究所) 2 「インドネシア民主化におけるナフダトゥル・ウラマーの戦略」 見市 建(神戸大学大学院) 今回、初めての試みとして、南アジア地域研究懇話会とイスラーム世界研究懇話会を合同で開催した。テーマは「イスラーム復興」であり、パキスタンおよびインドネシアのイスラーム団体に関する発表が行われた。 まず小牧幸代氏が、パキスタンでの実地調査に基づいて、ジャマーアテ・イスラーミー(JI)について報告した。また比較の観点から、タブリーギー・ジャマーアトも取り上げた。JIは1941年にラーホール(現パキスタン)で創立された。中心人物はサイイド・アブル・アーラー・モードゥーディーその人であり、その後パキスタン政治のイスラーム化に常に影響力をおよぼす団体として活動してきた。南アジアにおいて、中東におけるムスリム同胞団とも比肩しうる活動を展開してきたJIだが、以外にもその実態に関する研究は乏しい。多くの南アジア研究者は、1950年代の「暴力的な」JIのイメージを今に引きずっているのではないだろうか。その点で小牧氏の発表は、現在のJIの組織構成、管理運営状況、活動内容、具体的な方針について言及した点で高く評価されよう。またラーホール近郊のマンスーラにあるJI本部のスライドによる紹介も興味深いものであった。 発表から浮かび上がってくる現在のJIの姿は、反政府デモにおいて大衆を動員する強力な力は保持しているが、以前に比べて穏健化した宗教政党のそれである。その本部には、学校や病院施設が併置されているし、出版活動にも力を入れている。実際、今日のパキスタンのマスメディアで「宗派主義の過激派」と名指されているのは、Sipa-i Sahaba PakistanあるいはSipa-i Muhammadなどであり、JIではない。いずれにせよ、小牧氏自身がインドを主たる研究対象としていることからもわかるように、JIに関する実証的な研究は、加賀谷寛氏の先駆的な研究を除いて、パキスタン研究者の間ではほとんど行われてこなかった。本格的な調査・研究に取り組む大学院生の登場に期待したい。 見市氏は、現在のイスラーム復興研究において、最もホットな話題であろうナフダトゥル・ウラマー(NU)を取り上げた。言うまでもないが、NUは現大統領ワヒド氏が代表を務めていたイスラーム団体であり、ムハンマディーヤと並びインドネシア最大の勢力を誇っている。その会員数は、なんと3000万人(推定)に達する。まず何度となく転機を経たNUの歴史を概観した後、見市氏はインドネシア民主化の戦略として、NUが「ナショナリスト的ムスリム」としての立場を採用しているとの見解を提出した。すなわち、同国のイスラーム主義者と世俗的ナショナリスト(スハルト元大統領の下で制定されたパンチャシーラの原則に支えられている)の中道を行く立場である。 さらに見市氏は、NUの市民社会論を検討することで、彼らの論理が「イスラーム」よりもむしろ「インドネシア」に比重をかけたものであると指摘した。イスラーム主義者がしばしばマディーナ憲章(イスラーム最初期に「多宗教共存」を提唱)に基づいて「イスラーム的市民社会」を論じるのに対して、NUは西洋的(かつ無自覚だが左翼的な色彩を帯びた)市民社会論を展開している。そこでは、村落社会に根を張るプサントレン(イスラームの寄宿舎学校)を、国家や大資本の力に対抗する「緩衝地帯」=「市民社会」に鍛え上げることが想定されているのである。 コメンテーターとして意見を述べた白石隆氏からは、見市氏の図式で、果たして現在のインドネシアの状況が的確にとらえられるのかという厳しい指摘がなされた。たしかに、激動のインドネシア情勢の分析に大きな困難がつきまとうことは明らかである。しかしその課題に果敢に取り組む若い大学院生に私は応援の言葉を送りたいし、実際発表もたいへん興味深く聞かせていただいた。白石氏の発言も、後進への厳しいが真摯なアドバイスであった。 今回、司会を担当した人間として、最後にその成果と反省を2、3述べておきたい。まず、イスラーム復興の観点から南アジアと東南アジアの団体を比較検討することは、今後も追及すべき有望なテーマであるということを実感した。イスラーム研究者の多くは、中東なら中東、中央アジアなら中央アジアの現実からのみ、イスラームを語りがちである。しかしイスラームとは、より多元的で輻輳するものの名前として語られるべきであろう。特に中東偏重の視点を乗り越えるためにも、南アジアと東南アジアの比較は有効な異化作用として機能するのではないだろうか。そのような試みを経ることによって、イスラームの普遍性もまたより明確に立ち現れてくるに違いない。とはいえ、今回は両者をかみ合わせた形で議論するにはいたらなかった。この点は、司会者としての自らの力不足を率直に反省したい。 今回はまた、小牧氏に「赤ちゃん連れ」で発表会場に駆けつけていただいた。育児に忙殺されている女性研究者の研究環境を少しでも改善するためのケーススタディでもあったのだが、当初のこちらの思惑通りにはいかなかった。しかしそれでもスムーズに運営できたのは、ひとえに参加者、特に女性の方々の経験と機転に負うところが大であった。ここに謝意を表明するとともに、「ベビーシッター制」の確立に向けて、懇話会として努力していくことを銘記したい。
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