共通テーマ:「ヒンドゥー」なるものをめぐって(4) 「階級とアイデンティティ:インド史における最近の進展と論争について」 シュミット・サルカール氏(デリー大学歴史学教授) Class and Identity: Some Recent Developments and Debates in Indian History. 1999年1月15日(金) |
サルカール氏は、インド史の最近の進展を踏まえて、自己の立場を披瀝された。氏によると、近年のインド史研究においては、「インド」という民族主義的単位ではなく、むしろ複数の民族・宗教・カーストの差異に基づく「断片的」アイデンティティへの注目がなされている。それは近年のアイデンティティ・ポリティックスの隆盛と軌を一にしているといえよう。しかしそこでは、かつて重要であった階級の枠組みへの注目が欠けている。階級もアイデンティティの1つであるが、この枠組みに注目していたマルクス主義的歴史学は、断片性や差異よりも、むしろ唯物論的弁証法に基づく歴史発展の彼方にあるはずの普遍性としての理想社会へそのまなざしを向けているのである。階級闘争に注目することは、こうした普遍性へのまなざしを持ち続けることを意味する。サルカール氏は、我々は普遍性への希求を決して捨ててはならないと主張された。相対主義の限界が明らかになっている今、普遍性への希求を捨ててならないという氏の主張には、耳を傾けるべきものがある。特にインドにおいて自らの固有文化を尊重せよと説くヒンドゥー至上主義が台頭している現在、その批判のためにも普遍主義的立場の重要性を強調されるサルカール氏の言葉はよくわかる。しかし反対に、その普遍的価値がこの世で達成されるべき理想と措定される場合、そこにも必ず抑圧と紛争が生まれるのではなかろうか。断片の重要性を説くものも、普遍性の重要性を説くものも、それが政治的言説として現れる場合、結局はある集団の権利・権力の正当性の主張と繋がってしまうという現代の状況がある。サルカール氏の刺激的な話題提供を通じて、新しい政治哲学を必要としているという思いを、個人的に一層強くした。(田辺明生)
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