「北インド・ムスリム社会の『カースト』と『系譜』
― 『カースト』の『イスラーム化』の問題をめぐって―」



 さる1998年5月30日に、南アジア地域研究懇話会第一回例会が、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科連環地域論講座講義室にて開催された。南アジア地域研究懇話会は、当研究科の設立を契機としてこのたび新たに創設された会で、京都内外の南アジア地域研究者間の更なる交流と議論を深めることを目的としている。

 第一回例会においては、小牧幸代氏(京大人文研)が「北インド・ムスリム社会の『カースト』と『系譜』-- 『カースト』の『イスラーム化』の問題をめぐって」という題目で話題提供をしてくださった。小牧氏は、ウッタル・プラデーシュ州西部C町でのフィールドワークに基づいて、インド起源の改宗ムスリムが、自らが属する「カースト」的内婚・職能集団(「ビラーダリー」と呼ばれる)の「系譜」をイスラーム史のなかに新たに「発見」し、さらにその集団自称について、より高貴とされる西アジア起源のムスリム集団(「ザート」)のものを採用していく現象について報告した。小牧氏の分析によるとこの現象は、経済的成功を収めた諸集団が「イスラーム化」することにより、「インド起源の改宗ムスリム」というラベル付けを払拭し、自らの経済的地位に見合った社会的地位を獲得しようとする地位上昇運動として捉えられる。

 小牧氏の発表のあと、活発な議論が繰り広げられた。主な論点は、以下の通りであった。「ビラーダリー」や「ザート」を「カースト」と表現することは妥当であるか。そもそも「カースト」とは何であるのか。全体における「カースト集団」の位置付けを規定する「カースト・システム」がなく、それぞれの内婚・職能集団が他集団との差異(ヒエラルキーを含む)を主張しあう状況において、そうした集団をカーストと呼ぶことができるのか。現代インド都市部の「ヒンドゥー」の「カースト」と、北インド・ムスリムの「ビラーダリー」や「ザート」の共通性と差異はどこにあるのか。報告された「地位上昇運動」は、北インド・ムスリム社会に固有の現象なのか、それともイスラームの発展史における動態の一部として捉えられるのか、あるいは新中間階層による優位模倣として普遍的に見られる現象の一環として解釈できるのか。これらのどの視角によって当現象のどのような特徴が説明できるのか。そうした現象の特徴を表す言葉として「イスラーム化」という言葉は妥当であるのか、など。

 例会のあとには、当会場にて懇親会が開かれ、遅くまで残って話しを続ける人が多数見られた。

 

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